プロフィール
| 山崎健介(やまさき けんすけ) | ![]() |
| Kensuke Yamasaki | |
| 株式会社エクスネック 代表取締役 | |
| 生年月日: 1969年 5月 4日 | |
| 家族構成: 妻1人、娘1人 | |
| 趣味: インターネット、トライアスロン、飲食,,,etc | |
| 所属団体: (社)大阪青年会議所 盛和塾 関西SLオーナー会(総括幹事) |
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| その他: JSA認定ワインエキスパート SSI認定日本酒利き酒師 剣道初段 そろばん3級 |
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やりたいこと
今の子供たちが大人になる時代を明るく豊かにしてあげたい!
そのためにやろうと思っていること
バーチャルワールドなどのネットサービスを活用し、在宅勤務を今以上に推進することで「対人折衝が苦手な方」、「肉体的にハンデキャップを抱えておられる方」、「主婦」、「親の在宅介護が必要な方」等のように外に出て働くのが困難な方が、もっともっと楽しく豊かに働けるような社会を作ることで、子供たちの将来に対する不安を少しでも解消できればと考えています。
興味のあること
バーチャルワールド(特にsecondlife)・ICT(Information & Communication Technology)・iPhone・google・デジタルガジェット・サイクリング・ゴルフ・グルメ・ダイエット,,,etc
プロフィール
1969年 大阪に生まれる
少年時代は水泳と剣道などのスポーツをやりながらも、小学校の卒業文集には「コンピューター関係の仕事につきたい」という将来の夢を書くほど実はデジタル好きの子供であったようである。
中学・高校時代は水泳部に所属
元々短距離の自由形の選手であったのだがパッとせず、高校二年の時に背泳ぎに転向。
200m・400mで府大会にも出場したが、大阪はレベルが高かったため特に実績はなし。
PC-8801に出会ったのもこの頃。ベーシックでプログラミングもしていたが、どちらかというとゲームが中心であった。
高校時代は部活動以外は麻雀ばかりしていた。
夜な夜なフリーの雀荘に入り浸り、様々な職業の方とふれあう事で人生経験を深めた。
恥ずかしながら、高校時代の成績は同学年320人中だいたい300番目くらいであった。
ただ数学だけは得意だったので、内部校と言うこともありなんとか同志社大学の文学部・文化学科・心理学専攻に引っかかる。
大学時代は体育会ゴルフ部に所属
二個上の先輩に谷口徹プロがいるのだが、何度かプロの賞金王になっている谷口先輩が副キャプテンを務めるほどレベルの高いクラブであったため、全く活躍できずにエンジョイゴルフに徹していた。
1991年、アルビン・トフラーさんの「パワーシフト」という本に出会い、「これからはコンピューターとネットワークの時代だ!」と直感。
当時フルセットで50万円位したPC-9801をお年玉貯金を解約して購入し、すぐさまパソコン通信にはまりまくる。
夜な夜なNifty-Serve, PC-VAN,ASCII-net,その他草の根ネットにログインし、さまざまな人と出会う。
そのご縁で大阪のソフトハウスでプログラマーのアルバイトをしていたのもこの頃である。
言語は主にCOBOLとC言語。
プログラム自体は好きだったのだが、同僚のレベルの高さに歴然としプログラマとしては無理だ。と自覚し、自分は「プログラムを活用して会社の利益につなげる」事に対して最大限の関心を向け始める。
1993年、大学を5年で卒業し大阪有線放送社(現USEN)に勤務。
職種は営業部。
勤務地が本社のすぐ横だったため、故宇野社長に釣りに連れて行ってもらったりした。
営業成績は特に特筆すべき物はなかった。
飛び込み営業のつらさを実感したが、家庭の事情で2年あまりで退職。
1995年、父親の会社を手伝いはじめる。職種は広報。
当時、社員120名程度のレジャー関係の中小企業であった。
社内報の整備、社内システムの企画・構築にも携わる。
1997年、戦略情報室担当取締役に就任。
この時期、ネット予約のサイトを企画立案するが、周囲の反対に合い断念する。
1999年、東京支店の支店長に就任。
支店経営全般に携わる事になり、会社経営の難しさを実感する。
同時期に、関連会社の飲食店が大阪でオープン。食に関する興味が深まる。
2004年、大阪本社に復帰。全社の経営に携わる。
2006年、自分の本当にやりたいことを仕事にするために独立
株式会社エクスネックを設立。
2007年、バーチャルワールド関係の仕事を開始
主にセカンドライフの企業参入支援を行い、数十社の企業参入支援に携わり、現在に至る
関連サイト
株式会社エクスネック
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