水都大阪100kmウルトラマラニックに参加しましたが、無念の90kmリタイア
5/22の日曜日、水都大阪100kmウルトラマラニックに参加してきました。
大阪ウルトラマラニック 開催!『第3回大阪100kmウルトラマラニック』
http://osakaultra.main.jp/
この大会は、100kmの部と70kmの部に分かれており、100kmは制限時間14時間(アーリースタートは15時間)で70kmは制限時間11時間で走れば完走になります。
私は無謀にも100kmのアーリースタートにチャレンジしてみたのですが、結果は、90km地点の関門で時間制限に引っかかってしまい無念のリタイアに終わってしまいました。非常に残念です。
コースはこんな感じでした。
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では当日の振り返りです。
アーリースタートは5:30だったので、朝は4:30ギリギリにおきましたが、前の晩寝付けずに二時間くらいの睡眠時間でした。
着替えを済ませ、自転車で集合場所の大阪城に向かいます。途中のコンビニでおにぎりとパンを買い、自転車で移動しながら朝食ですw
到着は5:15でした。知人も3名ほどエントリーしていたのですが、みんな通常スタートのためだれもまだ到着しておらず、一人で記念写真ですw
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カウントダウンとともにいよいよスタートです。
アーリースタートは120名ほどだったのですが、やはりタイムに不安がある方が多かったため、かなりゆっくりのスタートでした。
長丁場であったため、私も後ろから二番目くらいのグループに入り、息が上がらない程度にボチボチと景色を見ながら走っていきました。
ペース的にはキロ6:30くらいでしょうか。
まずは大阪城を一周です。
大川に出て中之島の大阪市役所を越えてしばらく行きます。
大阪市役所を越えてしばらく行ったところに第一チェックポイント&エイドがありました。
エイドと行ってもまだまだ序盤のため、水しかありませんでした。
その後、来た道を折り返し、そのまま大川沿いを毛馬の水門まで移動します。
都島橋をこえたあたりに10kmの表示がありました。時計を見るとちょうど1:15経過していました。キロ7分30秒ですね。
予定よりは少し遅いペースでしたが、まだ序盤です。今後ペースも上がってくるだろうと考え、それほど気にしないでボチボチと行きます。
ところが、ちょど10kmを越えた当たりで左足の甲に針に刺されたような痛みが出てきたのです。
この痛みは走って出てくる痛みではなく、痛風っぽい痛みです。。。
まあ、足の痛みを気にしていてはウルトラマラソンなどは走れませんので、「みんなどこか痛いんだ」と自分に言い聞かせ、ごまかしながら距離をすすめていきました。
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毛馬の水門当たりに最初のエイドがありました。ここで水といなり寿司を食べました。
まだまだ長い道のりなので、水分と食糧補給はこまめにしないとね。
そして普段は通れない、毛馬水門の橋を渡り対岸を十三大橋まで走ります。ここで第二チェックポイントです。
こんなところでグズグズしていては後半に響いてきますので、ゼッケンにハンコを押して貰い、水分だけ補給して早々に退散しました。
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十三大橋から来た道を引き返し、毛馬の水門を越えてメインの淀川沿いのコースに入ります。
毛馬から枚方大橋の向こうにある関西医大の当たりまでの片道約18kmを二往復するのです。
豊里大橋当たりに最初のエイドがありました。ここまでスタートから約24kmです。
時間は8:30。スタートしてからちょうど3時間です。キロ7分30秒ペースをまもっているようですね。
痛風の痛みの他は足もまだまだ元気で、自分的にはかなりの余裕を持った走りだったので、このペースで走り続けると12時間半だし、ちょっと後半へばっても余裕でゴール出来そうだ。と甘い見通しを立てていましたw
ここのエイドでは大阪名物のミックスジュースやたこ焼きのサービスがあったのですが、たこ焼きは大人気で焼くのが追いつかないようだったので、先を急ぐために待たずに次回の楽しみにとっておきました。
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その後、鳥飼大橋のエイドでそうめんをぱくつき、淀川新橋のエイドにたどり着くと、通常スタートのFさんが追いついて来ました。
一時間後にスタートした人に32kmくらいで追いつかれたわけです。Fさんすごい。キロ5分30秒くらいのペースでしょうか。早すぎですw
さすがにFさんも疲れていたようで、このままでは最後まで持たないので一緒にゆっくりいきましょう。ということで、僕のペースにあわせていただき、ベラベラ喋りながらスタートしました。
このあたりから雲行きが怪しくなり、いきなりの大豪雨になりました。もうほんと土砂降りで、あっという間に道には水があふれ、くるぶし当たりまでの水たまりがそこかしこに出来てしまいました。迂回するようなスペースもないので、しかたがないのでみんなバシャバシャと靴を突っ込んで走ります。
靴が水浸しになると、靴の重量が増えるためかなり足に負担が来ます。
40kmの地点で5時間10分ほどでした。最初からのペースでいうとキロ7:45くらいでしょうか。雨が降ったあたりからペースが徐々に落ちていったようです。
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雨の中走っていたのですが、44kmのエイド前あたりでFさんが「膝がヤバイ」といってかなりペースが落ちてきました。
結局48kmの鳥飼エイドでリタイアされたのですが、まだ半分ですし、この後無理をして故障してもまずいですものね。賢明な判断だと思います。
本人はかなり悔しがっておられましたが仕方ないですね。
ということで、またここから一人旅です。
鳥飼あたりで雨も上がり、52.5km地点の豊里エイドに帰ってきました。雨のせいもあったでしょうが、40kmをこえるとやはりかなり疲れがたまってペースが落ちたのを実感しました。
この時点でAM12:45。スタートから7時間15分です。なんと、40kmから52.5kmの12kmで二時間半ほどかかってしまったようです。ここで冷静に考えてみたのですが、
「ん?半分で7時間?あと半分を8時間で走らないと間に合わない」
と呆然としましたw
そこから辛かったですね-。景色のほとんど変わらない河川敷だし、下半身はだるいし膝も痛いです。
距離もあと半分あるし、本当に絶望的な気分になりました。このあたりが精神的に一番辛い時期だったかもしれません。
とはいえ、なんとか完走しようといままでのゆっくりペースから若干ペースをあげて走り続けました。
毛馬までなんとか戻って、淀川の二週目に入ります。
毛馬のエイドでは、100km参加者の一部が「もう間に合いそうにないし、枚方あたりで関門に引っかかると帰りが大変」ということで、結構そのまま大阪城まで戻る方が多かったようです。
私も誘惑にかられたのですが、さすがにここであきらめては100kmにチャレンジした意味がないと思い、がんばってリスタートしました。
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二週目に入って60km地点の豊里エイドで腰をマッサージして貰うと、かなり下半身が軽くなりました。
52.5kmを越えてからそこまでのエイドは、時間的に焦っていたためゆっくりしてなかったのですが、豊里エイドでは念願のたこ焼きも食べてちょっとゆっくりしてリフレッシュできました。
小さいお嬢ちゃんが、みんなのために懸命にサービスしてくれました。雨の中大変だったのにそのけなげな姿に少し感動してしまいました。
とりあえず、第二関門の淀川北側の折り返し75km地点に向けて懸命に走りました。
60km以上の距離を走ったことがなかったですが、ほんと距離を重ねれば重ねるほど足は重くなるし、思った以上にペースが上がりません。
このあたりから1km走って100mほど歩き、という感じのペースになってきました。
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そうこうしているうちに、75km関門になんとか10分前に到着することが出来ました。
その後すぐの枚方大橋のエイドにたどり着き、エイドの皆さんやランナーたちといろいろとお話ししました。
次の90kmの関門まで、2時間10分ほどあります。15kmを2時間10分ならキロ8:40ペースで行けば可能です。
普通ですとゆっくり走っても大丈夫なのですが、さすがに75kmも走っている状態ではもう自信がまったくありませんでした。
まわりのランナーも、みんなリタイアを宣言し私も
「もはやこれまで」
とリタイアしようとした時、エイドの一人にこう言われました。
「せっかくココまで来て、次の関門クリアまで可能性も残ってるのに、あきらめずに頑張ってください!」
この言葉にハッと気づかされました。
100kmエントリーした時に「どうせ無理なんだから、自分の出来る範囲でやれるだけやってみよう。リタイアはいつでも出来るし」という気持ちを思い出しました。
「時間制限で強制リタイアもしてないのに、自分の意志の弱さでリタイアするのは一番恥ずかしいことだ」
と、いう気持ちに切り替わったのです。
「よし、頑張って次の関門にチャレンジしてみます!」
とエイドのスタッフに宣言し、颯爽と走り出しました。もうアドレナリン出まくってましたねw
15kmとはいえ、気合いだけで走れるものでもありません。
無理せずキロ7:00~7:30位のぺースで頑張って走っていると後ろから、早そうなランナーが追いついて来ました。
実はこの人はスイーパーと呼ばれる、最終走者の伴走をしてくれるスタッフだったのです。
「あなたの後ろの人はみんなリタイアされました。僕と一緒に頑張って次の関門クリアしましょう!」
とさわやかにほほえまれました。
一人で走るより、いろいろ話しながら伴走してもらえるとほんと気持ち的にラクになりました。
下半身はもう限界でしたが、いいペースで付いて貰うことで、なんとか次の関門まで残り4km地点のエイドまでたどり着くことが出来ました。
次の関門まで、制限時間は30分。
85kmを走り切り、かなり下半身はガタガタだったのですが、4kmをキロ7:30ペースで走ればなんとか行けそうです!
最後の力を振り絞り、さっきまでのペースよりもさらにペースアップしてリスタートしました。
しかし、それがまずかったのです。
1kmほど進んだところで、一気に腰に来ました。痛いとかそういうのではなく、腰にチカラが入らないのです。
腰をやられるともう足が前に出ません。通常、体を前傾させると足が前に出て進むことが出来るのですが、そうしようとしてもおじいさんみたいな姿勢になるだけで足が前に出ないのです。。。。
「もはやこれまで、、、」
ということで、スイーパーさんにその旨を伝え、残りの3kmほどを歩いて最後の関門までつきあっていただきました。
結局最終関門に到着したのがPM19:05。制限時間を15分オーバーで無念のリタイアです。
スタートして13時間35分で90km(正確には89.1km)を走ったことになります。
その後、京阪電車で大阪城公園に戻り、荷物を引き上げカレーうどんを食べて家路につきました。
ゴール地点では完走したランナーがどんどん帰ってくるところで、それを横目に見ながら悲しい気分になりました、、、
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今回は残念な結果に終わってしまいましたが、ホントこの大会は素晴らしい大会でした。
特にスタッフのホスピタリティがすごく、どこのエイドに行っても暖かい言葉をかけていただき、スタッフの皆さんがほんとマラソンが好きというのがひしひしと伝わって来ました。
いろいろな人に聞いても、この大会は素晴らしいよ。とおっしゃるほど、こじんまりとしてますがハートのこもった大会で、ぜひ来年もチャレンジしてみたいと思っています。
スイーパーさんに聞いたところ、ウルトラを完走するには月間200kmを5ヶ月走り続ければ、かならず完走出来ます。
との事ですので、来年はそれを目標に頑張りたいと思います。
いろんな意味で、一生忘れることの出来ない大会になりそうです。
